奇跡が連発する人生
私たちの本性は、愛そのもの、幸せそのものです。
私たちは、もともと幸せな存在なのです。
もともと幸せな存在だということは、「一時的に幸せ」なのではなく「永遠に幸せ」ということです。
しかも「幸せ」「不幸」という対立的な「幸せ」ではありません。
対立的な「幸せ」を超越した、深い深い平安と歓喜が混ざり合ったような究極的な幸せ、つまり至福です。
あなたの本性は、永遠の至福の存在です。
至福そのものになることによって、はじめて「神は愛である」こともはっきりとわかるようになります。
それは「恐れから愛へと思考をシフトすること」によって、誰でもはっきりとわかるようになります。
心の中のネガティブな思い込みを手放すと、平安と愛が少しだけわかります。
しかしそれは長続きしません。
長続きしない状態、一時的な状態を通過すると、やがて大きな変化が起こります。
エゴから離れて「全体がわたし」という視点に至る「アイデンティティのお引越し」が起こり、それが固定されるようになるのです。
するとまず最初に、平安であることが、はっきりとわかるようになります。
愛と至福は、その後に続いて以前よりわかるようになっていきます。
それからさらに「神との合一体験」が起こると、あなたは光に包まれ、完全に平安・愛・至福がわかるようになります。
「神との合一体験」とは、自分自身が平安・愛・至福そのものであった、ということがわかる直接体験です。
この直接体験によってのみ、平安・愛・至福がはっきりとわかるようになります。
「神との合一体験」が起こると、一元の世界(永遠なる愛・至福・平安の世界・神と一つでいる世界)に簡単に行き来きすることができるようになります。
天国は「隣の部屋」くらい近いものになり、好きな時に好きなだけ居られるようになります。
それは言葉にできないほど素晴らしい体験で、本当に至福そのもの・大歓喜そのものになる体験です。
神と完全に一つになり、そのとき「わたし」はいなくなります。
天国が「隣の部屋」くらい近いものになり、好きな時に好きなだけ居られるようになると、じわじわとこの世にその反映が現れてくるようになります。
そうなると奇跡的な出来事は頻繁に起こるようになります。
普通ではありえないようなことが日常的に起こる人生、奇跡がポンポンと連発する人生になります。
大歓喜に包まれ感動するような素晴らしい出来事も、たくさん起こるようになります。
怒ったり、悲しんだり、不安に思うような感覚から、どんどん遠ざかっていき、縁遠いものになっていきます。
そして毎日、至福に包まれながら生きることができるようになっていきます。
至福そのものとして生きる人生は、本当に素晴らしいものです。
あなたと一緒に分かち合えたら嬉しいなと思います。
ここ最近はあまりにも至福と大歓喜に包まれ過ぎていて、何だかこのようなことしか書けません。
でも今後はもう少し普通っぽいことも織り交ぜて書いていきたいと思います。
今日もあなたのことを応援しています。
