愛しか実在していない | 恐れが幻想である理由
あなたは愛そのものであり、愛しか実在していない
あなたは愛そのものです。
そして、愛しか実在していません。
その愛がすべてを包み込んでいます。
すべてを包み込むものに、対極はない
愛の対極は恐れであると思われていますが、すべてを包み込むものに対極はありえません。
愛はすべてを包み込むものなので、本来「恐れ」という対極、
つまり二者(二元)は存在していないのです。
だから恐れとは幻想であり、本当は実在しないものです。
愛を覆い隠している「自我」という霧
あなたは愛そのものです。
そう思えないのは、心の中に「自我」という霧がかかっているからです。
私たちがすべきことは、霧を晴らすことだけ
私たちがすべきことは、愛や幸せを追い求めることではありません。
愛を覆い隠している霧を晴らすこと、ただそれだけです。
その霧とは自我であり、それは恐れ、罪悪感、不安、悲しみ、怒りといった姿をとって現れます。
霧を晴らすことができれば、もともとそこにあった愛がおのずと姿を現します。
つまりあらゆる恐れを手放すと、最終的に愛が現れるのです。
すべての恐れが消えたとき、最後に残るもの
現れては消えるものは幻想です。
すべての恐れが消え去ると、最後には愛だけが残ります。
そのとき、あなたは自分が愛そのものであることがわかります。
その「自分」とは、肉体の中の「私」ではない
その「自分」とは、肉体の中にいると思い込んでいる「私」ではありません。
「愛そのものである私」のことです。
神との合一によって知る「一者」
その「私」は、神との合一が起こらない限り、知ることも理解することもできません。
神との合一が起こると、今この瞬間に愛だけが実在していることがはっきりとわかります。
あらゆるものは現れては消えていきますが、最後に残るのは愛だけです。
つまり本当は一つのもの、一者しか存在していないのです。
他者はいない、だから攻撃されることもない
一つのものしか実在しないということは、他者はいない、他には誰もいないということです。
それがわかると、誰からも攻撃されることはありえない、ということがわかります。
現れて消えるものは幻想であり、一者だけが実在しています。
実在していないものは幻想であり、本当は存在していないのです。
出来事に左右されない、永遠の平安
神との合一によりそれが直接体験としてわかると、出来事に左右されない圧倒的な平安が訪れます。
実在するものは、愛とも、神とも、至福とも、表現することができます。
そのとき、恐れも罪悪感も悲しみも怒りも、あなたの前には存在できなくなります。
この理解に至ったとき、永遠の平安が訪れます。
そのことを体験すると、誰もが永遠の至福に至ります。
夢のような、圧倒的に幸せな人生へ
その後の人生は、幸せな出来事が向こうからやってくるような、夢のような人生になっていきます。
その夢のような幸せは、何の努力もなく現れます。
それはあなたが愛そのものであることを反映した、夢のような、圧倒的に幸せな人生です。
本当のあなたは、愛そのものです。
今日もあなたのことを応援しています。


