非二元がわからなくても幸せな人と、神との合一に至った人は何が違うのか(後半) - 至福の部屋

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あなたへのメッセージ

非二元がわからなくても幸せな人と、神との合一に至った人は何が違うのか(後半)

奇跡講座は杖か、登り終えた梯子か──学びの終点をめぐって

(前編の続きです)

前編では、「分離の世界にいる人」と「純粋非二元の境地にいる人」では、幸せの“見た目”が似ていても、幸福の“根底”が異なる──という話をしました。

後編ではもう少し踏み込んで、両者の「人生の扱い方」「サレンダー」「周囲からどう見えるか」、そして「卒業のタイミング」について書いていきます。


人生が「願いを叶える場」なのか、「応答」になるのか

「分離の世界にいる人」には、人生でやりたいことがあります。

叶えたい望みがあり、やってみたいことがある。

だから人生は、自分の望みを叶えるためにあるように感じます。

そしてそれが当然のように思えます。

一方で「純粋非二元の境地にいる人」は、人生で“やり残したこと”がありません。

だから人生は、自分の望みを叶えるためのものではなく、全体の流れに対する「応答」になっていきます。

「こうなりたい」「こうしたい」という願望が消える、というより、それを“握る必要”がなくなる。

人生を自分のものとして操作する感じが、薄れていくのです。


波は「どちらへ行こうか」と悩まない

純粋非二元の境地にいる人は、自分を「独立した人間」ではなく、

神という大海から、岸辺に打ち寄せられる波

のように感じています。

波は「どちらの方向に進もうか」と悩みません。

風と潮の流れ(神の意志)に従って、ただ完璧な形で砕け散り、また海へ戻っていく。

そこには、成功も失敗もありません。

良いとも悪いとも判断せず、ただ舞台を眺める“観客席”のような場所から眺める。

そんな感覚が日常のベースラインになっていきます。

結果はAでもBでもどちらでもよく、大切なのはただひとつ、

愛の視点から見ているかどうか

それだけが、静かに守られている。

この「常に降伏(サレンダー)している」状態こそが、純粋非二元の境地にいる人の日常のベースラインなのです。


実は、初心者には「逆」に見えることが多い

面白いのですが、奇跡講座の初心者から見ると、熟達した「分離の世界にいる人」は、立派ですごい人に見えることがよくあります。

努力して、学んで、整えて、赦しを実践している。

理想を掲げ、言葉も振る舞いも丁寧。

それは確かに“成熟”であり尊い歩みです。

逆に、純粋非二元の境地にいる人は、初心者から見ると、超マイペースで自由で自然体なので、凡人のような、ごく普通の人に映ることがあります。

「え、この人が?」そんなふうに思われることすらあります。


熟達者から見た合一者は、きっぱり二手に分かれる

さらに面白いことに、熟達した「分離の世界にいる人」から見たとき、神との合一に至った人がどう見えるかは、きっぱり二手に分かれます。

気づいている熟達者からは、「目指す境地にいる人」に映る。

しかし気づいていない熟達者からは、「理解不能な異端児」に映る。

気づいていない熟達者はたいていの場合、気高く上品で完璧な“理想像”を強く持っています。

そして、その理想像と実際の「非二元の境地にいる人」の自然体が、どうしても結びつかない。

だから「目指す境地」として認識できず、むしろ危うさや異質さとして感じられてしまうのです。

おそらくですが、気高く上品で完璧な理想像を握っている人は、ブッダやキリストが隣にいたとしても、気づけないと思います。

表面的な“理想の見た目”や“理想の雰囲気”が判断基準になっていて、自分のイメージに近いかどうかを、どうしても重視してしまうからです。


合一者は、分離の世界にいる人を「自分と別」と見ない

純粋非二元の境地にいる人は、分離の世界にいる人も、最終的には同じところへ向かっていることを知っています。

なぜなら純粋非二元の境地にいる人たちは全員、かつて自分も「分離の世界にいる人」だったからです。

分離のない「神そのもの・愛そのもの」を思い出すための道を、気づいている/気づいていないにかかわらず、すべての人が歩んでいることを知っている。

純粋非二元の境地にいる人は、分離の世界の苦労も苦悩も、すでに経験しています。

たまたま悟れた“幸運な人”ではなく、分離の世界のすべての苦しみ、すべての感情を味わい尽くし、エゴを克服した人たちです。

だからこそ、分離の世界にいる人の経験のすべてを、慈しみをもって理解している。

そしていつの日か、その人が奇跡講座の本を置き、自分と同じ境地へ辿り着くことを知っています。


いつか「分離の世界を卒業したくなる日」が来る

分離の世界にいる人は全員、やがて今の分離の世界を卒業したくなるときが訪れます。

なぜなら、どれだけ分離の世界で幸せになろうと努力しても、徐々に鮮明になっていくからです。

「分離の世界にいる“わたし”自身が、苦しみを生み出している」ということが。

この「自分こそが苦しみの源である」という気づきは、一見すると深い絶望のように思えるかもしれません。

けれど、これはむしろ──

「本当の家に帰る道」の入り口であり、最高の希望の種です。

自分の力で自分を幸せにしようとする「武装」を解いたとき、ようやく分離の世界は終焉へ向かいます。


あなたは今、正しい道を歩んでいます

あなたは今、正しい道を歩んでいます。

あなたの本性は、愛そのものです。

あなたの本性は、光そのものです。

今日もあなたのことを応援しています。

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